「ルドルフの死す」の衝撃と波紋

皇太子の心中事件ですから・・。

ミッツィに情死を断わられたからマリーを道連れにした説もありますが、マリーと一緒にルドルフが亡くなっていたことは事実です。母親のエリザベートは息子ルドルフの死はものすごい衝撃でした。そのため、ルドルフと一緒に亡くなっていたマリーをルドルフに紹介した従姉のラリッシュ伯爵夫人は、エリザベートとフランツ・ヨーゼフ1世から大きな怒りを買って、オーストリアから追放してしまったほどです。

検視の結果と謎

公式発表では、ルドルフ皇太子は心臓疾患で亡くなった。ということで発表されましたが、マリーとルドルフが亡くなったという知らせを、側近達はなかなか告げる勇気がありませんでした。母のエリザベートは息子ルドルフが亡くなったという知らせを聞いて、どのように亡くなったかについて「マリーがルドフルに毒を飲ませて、それからマリーは毒を飲んだ」と思ったそうです。

一方で父親のフランス・ヨーゼフ1世は「ルドフルが猟銃自殺した」と考えていました。そしてルドルフの妹のマリーもお兄ちゃんは自殺したと考えたそうです。マリーは実は妊娠していたとか、お互いがそれぞれ互いに殺しあったとかいろんな説がささやかれました。

皇太子が死んだ波紋

ルドルフ皇太子とマリー・ヴェッツェラの検死の結果で明らかになったことがあります。それは、マリーの方がルドルフ皇太子よりも数時間前に既に死んでいたということです。いろいろな説があり、また遺体を見つけたときに混乱したことから、マリーの頭部に弾の後があったとかいろいろと言われましたが、マリーとルドルフ皇太子の死の謎はいったいどこに真実があるのでしょうか。

もちろん母親のエリザベートは息子の死を受けて、大きな衝撃を受けました。あまりのショックにルドルフ皇太子の葬儀へ参列できなかったほどです。そしてマリア・テレジアのように、ルドルフが亡くなってからエリザベートはずっと喪服を着続けました。

皇太子ルドルフが死んだということで、皇太子のステファニーのオーストリア宮廷での立場はますます悪くなりました。おまけにスキャンダラスなまでに、夫ルドルフは17歳のマリー・ヴェッツェラ男爵夫人と一緒に亡くなっているので、もちろんふたりは情死じゃないかといわれました。もちろん皇太子で亡くなっているので、未亡人となったステファニーがオーストリア皇后になる望みもなくなりました。そして宮廷ではスキャンダルな死に方がウワサになり、とてもじゃないですがステファニーの立場はない状態となりました。夫が亡くなってから11年後の1900年3月22日に、ハンガリー貴族の伯爵と身分違いの再婚をしていますが、この時に身分違いということでベルギー国王のレオポルド2世から、激しく責められますがオーストリア皇帝のカール1世からは伯爵から侯爵に上げられています。ルドルフ皇太子から性病を移されて子どもが出来ない身体になってしまったステファニーですが、再婚相手とはとても仲むつまじく晩年を過ごせたことがせめてもの幸せのように感じます。

フランツ・ヨーゼフ1世の世継ぎルドルフ皇太子が亡くなったことで、世継ぎが気になるところですが・・・フランツ・ヨーゼフ1世が生涯をかけて守ろうとしてハプスブルク帝国ですが、1914年に甥のフランス・フェルディナント大公が殺害されるサラエボ事件が発生したことを受けて、第一次世界大戦の引き金となりフランツ・ヨーゼフ1世はオーストリア帝国の実質的な「最後の」皇帝になりました。

永遠の妖精 オードリー♪